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日本民族と天皇とマッカーサー

日本民族と天皇とマッカーサー

 
 
数週間前からずっと、会社のスケジュール表に「マッカーサー」と記入されていました。  今日がその日です。
実は、QQTOILETの商談の打合わせを、有楽町の第一生命本社ビルで行なう予定と同じ日です。つまり、打ち合わせの後にせっかくだから、歴史研究をさせて頂いたというお話です。
 


 
そこは68年前に連合国軍総司令部(GHQ)が置かれていたビルです。当時は第一生命保険相互会社のビルでしたが、進駐軍に接収され、その社長室がマッカーサー連合国軍総司令官の執務室としてそのまま使われました。天皇とマッカーサーが並んで写っている、あの有名な写真の部屋です。昭和20年8月15日の正午にラジオから流された「玉音放送」によって長い戦争が終わりました。
 
そして9月27日には、天皇は直接こちらのGHQのマッカーサー元帥の執務室を訪問しています。この扉を開けるときに天皇はどういう気持であったのだろうか、呼吸が止まっていたのではないだろうか、私は、ビルの12階から向こうの皇居を眺めて、その当日、天皇は皇居の御所からどの道筋を通ってこのGHQのビルまでやって来たのだろうか、次々と想像をいたしました。距離的にすぐ近くなので、46歳の天皇は歩いて来たのではないのか、それとも馬か、いや進駐軍から差し向けた車に乗ったのではないのか・・・などと。

 
 


 
ここで二人が何を話したのかは、天皇は「男子の一言」であるから何も言えないと記者会見では何も話しませんでした。しかし、マッカーサーはそのことを回想記にこのように書いています。「私は初め天皇が、戦争犯罪者として起訴されないように自分の立場を訴えるのではないか、と不安を感じた。しかし、天皇の口から出たものは『私は国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に全責任を持つ者として、私自身をあなたの代表する諸国の採決に委ねるためにおたずねした』ということだった。私は死をもともなうほどの責任を引き受けようとする勇気に満ちた態度に、骨の髄まで動かされた・・・」
この会見もあって、マッカーサー元帥は米本国への電報に「天皇はすべての日本人の象徴である。…天皇を戦犯として裁判にかけた場合、何世紀までも日本国民から復讐され、そのためには、最小限百万人の軍隊が必要になるだろう」という意見を具申している。
これまでの世界史で、敗戦国の君主の多くは追放され、王政も廃止されるのが通例だったが、稀有にも天皇と天皇制は生き残った・・・・

「朕(ちん)と爾等(なんじら)国民との間の紐帯(ちゅうたい)は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、単なる神話と伝説に依りて生ずるものに非ず。天皇を似て現御神(あきつみかみ)とし、且つ日本国民を似て他の民族に優越せる民族にして、延べて世界を支配すべき運命を有すの架空なる観念に基ずくものに非ず・・・ 」

参)歴史読本1999年10月号の/昭和天皇の生涯/ の参考書を片手に、現地視察を致しました。
 

2013-07-12 17:09:08

炎の社長ブログ

 

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